入学式が始まると、体育館の空気が一気に張りつめた。
ざわめきが静まり、椅子のきしむ音だけが小さく響く。
壇上の校長がゆっくりと歩み出て、マイクの前に立った。
胸の奥が少しだけ強く脈打つ。緊張か、期待か、自分でもよく分からない。
「――新入生のみなさん、ご入学おめでとうございます」
声が体育館の天井に反射して、広い空間に淡く広がっていく。
けれど、その言葉が自分に向けられている実感は薄かった。どこか遠くの出来事のように聞こえる。
周りの生徒たちも、同じように前を向いて座っている。緊張しているのか、眠いのか、表情は読み取れない。
校長の話は長いようで、短いようで、内容はほとんど頭に入ってこなかった。
ただ、言葉が一定のリズムで流れていき、それを聞きながら時間が淡々と過ぎていく。
来賓の挨拶、在校生代表の言葉、新入生代表の宣誓。どれも丁寧で、どれも静かで、どれも同じように遠かった。
気づけば、式は終わりに近づいていた。
「以上をもちまして、入学式を終了します」
その一言で、張りつめていた空気がふっと緩む。
深く息を吸うと、胸の奥の緊張が少しだけほどけた。
特別なはずの式なのに、気づけば淡々と終わっていた。
けれど、体育館を出るとき、ほんの少しだけ世界が明るく見えた。
入学式が終わり、体育館から教室へ戻ると、緊張が少しずつほどけていった。
窓から差し込む春の光が机に反射して、教室全体が柔らかく明るい。
席に座ると、担任が前に立ち、名簿を手に取った。

「それでは点呼をします。呼ばれたら返事をしてください」
淡々とした声が教室に響く。
一人ずつ名前が呼ばれ、そのたびに短い返事が続く。まだ知らない名前ばかりで、どこか現実味が薄い。
けれど、その中にひとつだけ、胸の奥が反応する名前がある。
「——春夏翼」
その瞬間、心臓が小さく跳ねた。
隣の席で翼が「はい」と返事をする。その声は、小学校の頃と変わらない。中学の三年間、声をかけられなかった間も、ずっと胸の奥に残っていた声だった。
あの頃の記憶が静かに浮かび上がってくる。
小学校でよく話していたこと。放課後の帰り道を一緒に歩いたこと。翼がよく笑っていたこと。あぶなっかしいところがあったこと。
中学に上がってから、なぜか恥ずかしくて声をかけられなくなったこと……。
彼女の名前を呼ばれただけで、胸の奥に積もっていた時間が一気に動き出す。
「春夏 翼」
その名前は、自分にとって特別な響きを持っていた。